2004年09月29日

歪んだ欲望

拾った猫に私の名前をつけた男は

毎日毎晩 私を犯す夢をみながら
その猫と遊んでいると楽しそうに笑った

その猫は私より可愛く啼くんだろうか
その猫は私より上手に啼くんだろうか

ふとそんなことを考えた私は
その男と同じくらいに歪んでいた


他の男の妄想の精液にまみれた私を
あの男の妄想の精液にまみれて
どこかでうっとりしてしまう「私」を

私は 貴方に 八つ裂きにされたい
posted by sizuku at 02:37| Comment(8) | TrackBack(0) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月27日

「問いと答」 谷川俊太郎

互いに互いの問いとなり
決して答にはゆきつけぬまま
やがて私たちの言葉は
ひとりひとりの心の井戸で溺れ死ぬ
世界が問いである時
答えるのは私だけ
私が問いである時
答えるのは世界だけ
詩は遂に血にすぎない
寂寥のうちに星々はめぐり続け
対話はただひとり私の中で
いつまでも黙つたまま
どうしようもなく熟していくだろう

――――――――――――――――――――
先週、機会に恵まれて、とうとう憧れの谷川俊太郎さんに逢えました。^^
と言っても・・
特別個人的にというわけでもなく、サイン会という公の場でしたが。

私ね、本を探しているんです。

いつか私も、当たり前にこの世を去るときがくる。
最期のとき、私は、自分にとっての「生涯の1冊」を抱いて、
静かに静かに眠りにつけたらいいなぁ・・と思っているんです。

そんな「1冊」を、もう長いこと探し続けています。

「それは本なの?・・人ではなくて?」

最期のとき、誰かの手を握って逝きたいのではなくて、
それは本なの?と、問われちゃいそうですね。(笑)

ん・・今は本です。そう、人ではなくて、本なのです。

それがいつか「人」になるかもしれないとは思っています。
出来ることなら、誰か・・あなた・・の手を握って、静かに逝きたいなぁ、と。

でもね、今は本。

 ――――――――――

何かに迷ったとき、
何かを考えたいと思うとき、
今のところ私は、谷川俊太郎さんの詩集を開くことがとても多いです。
posted by sizuku at 03:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 俊太郎world | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

リンクリスト追加

お願いをして、させて頂けることになった何件かを追加しました。
遅くなりまして申し訳ありませんでした。

これからもよろしくお願い致します。 m(*..)m
posted by sizuku at 03:31| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月21日

「SMは信頼」?

前記事『これは「SM」の話ではありません。』には
たくさんのコメント/TB ありがとうございました。

今夜ようやく、一通りのコメントをお返し出来たと思うので、
その間つらつらと考えていたことを、書き留めておこうと思います。


私が元記事で言いたかったのは、
「何でもかんでもSMに帰結させないで。」ということでした。

拙すぎる文章で、みなさまを混乱させてしまったのかもしれませんが、
私はあの記事で「誰が悪い」ということが言いたかったのではないのです。
(あえて仮に「悪い」とするなら、私は「どちらも」だと思っています。)

SMって何でしょう。
主従って何でしょう。

それはそれぞれの人の気持ちの中にだけ、答えがあるのではないですか。
 Sはこうあるべき。Mはこうあるべき。
そんな括りこそが、私は危険だと思うのです。


「私はこんなサディストです。」「私はこんなマゾヒストです。」
人によって、それは様々なのは当たり前。
どんなSさんでも、どんなMさんでも、別に構わないじゃないですか。

ただ誰かと繋がろうとするとき、
その相手が、自分と合うか合わないかだけが、大事なのではないですか。


「自分と合うか、合わないか。」
・・矛盾するようですが、
その部分こそがつまり、私は、すでにSM以前の話だと思うのです。

Sだ、Mだ、ではなくて、
ただ単に「人と人として」信頼し合い、繋がることが出来るかどうか。


Sだ、Mだと言いますが、私はそんなのはただの性的嗜好だと思っています。
誤解を恐れずに言えば、私は本来「SMは信頼」なんかじゃないと思っています。

「信頼」なんていうのは、それ以前の問題。「人」対「人」の問題です。

SとMとの関係なんて、ただの加虐性癖者と、被虐性癖者の交わりです。
お互いにそれで気持ちがイイから、くっついているだけ。
だから、怖いんです。歯止めが効かなくなって、暴走をしてしまったときが。

だからこそ、まず「人と人としての信頼」が必要不可欠なのではないですか。


今回、たくさんの方のコメントや記事を拝見して、やはり
「SMは信頼」という言葉を多く見かけました。

その言葉に、当たり前の嬉しさと、
同時に、言葉だけが一人歩きしていく不安を感じたのは、私だけでしょうか。
posted by sizuku at 04:37| Comment(13) | TrackBack(0) | パンドラの罪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月12日

これは「SM」の話ではありません。

以前はかなり頻繁に覗いていたのですが、
時間がなくなってから、日々の巡回ルートから外していた日記ページがあります。

この日記ページ、BLOGが流行り出す前から、そのサイトに集まる方の中で希望する方が
スペースを借りてご自分の「日記」を公開されている場所なんですね。
書いていらっしゃるのは、いわゆる「M女さん」が殆ど。
取り立てて「M女さんのサイト」に、興味があるわけでもない私ですが、
何故か、そこの日記たちには惹かれるものがありました。

昨夜、少し時間があったものですからひさしぶりにふらりと覗きに行ったのですが・・。
そこで私は、女として、とても衝撃的な日記を見てしまったのです。

自分のBLOGの記事にすべきか、否か。
リンクを張るべきか。
勝手に引用、あるいは転載していいものかどうか。
・・悩みました。考えました。・・正直、今も迷っています。

でも。やはり触れておきたい。
私という人間として、一人の女として、触れずにはいられない。

ので。・・記事にすることにしました。
もしもこれがBLOGであれば、きっと私はTBさせて頂くのだろうなとも思ったので。

ただし、今回は引用に留め、あえてリンクは張らないことと致します。
この日記を書かれた方のお気持ちを考えると、私にはそれが適当ではないと思われるからです。

私のこの記事をお読みになる方には、どうか、
日記の書き手の方への直接のご感想とか、ご意見という視点ではなく、
一人の男として、女として、ご自身の問題として、何かをお考え頂ければと思います。

(某公開日記の転載)――――――――――――――――――――

「SMと避妊・・・」

 今月は生理が1週間遅れた。

 前回ちょうど逢えるとき、排卵期だったから、気をつけて欲しくて、
 お願いはしておいたけど、無駄だった。
 主は言う。
 ”SMはセックスじゃないから、ゴムなどつけない。避妊もしない。”と。
 わからないような、わかるような、でも、嫌われたくなくて、
 ただ、基礎体温だけを見て、怯えてはほっとする日々の繰り返し。
 高温期が14日すぎ、16日すぎ、焦りは増すばかりで、必死に下剤を飲み、
 激しい運動をし、・・・やっと訪れた印・・・。
 これで二度目のこと・・・。

 もし、出来たとしても、生めるはずもなく、
 家族にも悟られないよう一人で処理するしかない命。
 ふと、”本当に私のことを大切にしてくれてはいないのではないだろうか?”と
 思ってしまった・・・。
 今までの奴隷には、
 ピルを飲ませるか、避妊手術を受けさせてきたというあの人・・・。
 Sの人って、みんなそうなのかな・・・。
 Mの側が、ピル飲んだり、避妊手術したり、
 自分の身を自分で守らないといけないのかな・・・。

 家庭がある。
 生きていくために、捨てられない、自分の社会生活を送らねばならない家庭。
 いつもゴムをつけてくれとは言わないけれど、
 Sは好きなようにやって、あとはどうでも知らないでいいのかな・・・。
 
 生理が遅れていることが不安で、メールをした。
 何も帰ってこない返事。
 今までの、全てが、なかったかのような、錯覚だったような暗い闇の中で返事を待つ。
 なにもかもがわからなくなってしまった。
 私が望んでいることは、わがままなのかな・・・。
 Mとして、失格なんだろうか・・・。
 わからなくて・・・。苦しい・・・。

――――――――――――――――――――――――――――――
男と女の性交渉で、妊娠を望まないのであれば、避妊するのは当然でしょう。
それは、男だけの責任でも、女だけの責任でもないはずです。

Sだから? Mだから?・・そんな議論は、ちゃんちゃらおかしい。

「SMはセックスじゃないから、ゴムなどつけない。避妊もしない。」
・・だったら、挿入するなよ、と思う。

「でも、嫌われたくなくて・・」という女心が痛すぎる。

だけどこれは「SM」とは何の関係もない話だと思います。

一人の人間として、人の生命をどう考えるか。それだけのことでしょう?
生命の重さを考える。・・これは人間の尊厳の問題なんです。

よく男性は、その手に子供を抱くまではその生命の実感を持たない、と聞きます。
でも女は違う。女は、
それがまだ、男性にしたら、単なる細胞分裂にしか思えない段階でも、
自分の身体に変化があれば、確実にそこに生命を感じるんです。

生命。それは崇高で、この世で最も尊重されるべきもの。

たとえ、どんなに用心していたって失敗は起こり得る。
あるいは、あり得ないと思っていたことだって、起こり得る可能性はあるんです。
 それこそが、生命というもの正体なのかもしれない・・。

 そうなってしまってから気づくのでは遅すぎるんです。
 きっと悔やんでも悔やみきれない・・。

そこに半端なヒロイズムなど、何の価値もないんです。


私は昨日気づきましたが、この日記が書かれていたのは、7月の日付でした。
その日を最後に、この日記の更新は止まっています。


最後にもう一度。
・・これは絶対に「SM」の話ではありません。

「SM」流行りの昨今、ご自身のSM観、S論、M論、大いに結構だと思いますが、
(この話題に限らず)何でもかんでも「SM」で括り、
「Sだから」「Mだから」で、納得しよう、させようと勘違いしてる方は、
どうか考えを改めてください。
posted by sizuku at 18:48| Comment(33) | TrackBack(21) | パンドラの罪 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月11日

オツキサマ次第

仕事で、時間的に非常にハードだった1週間がようやく終りました。
来週はおそらく、精神的にとてもハードになりそうな1週間を目前に、
ほんの束の間の週末の休息です。

読むのがやっと。なかなか書き込みもままならなかった日々の間に、
アルサマからは「御主人様のために」というTB記事を戴いていました。
(アルサマ、お礼のコメントも遅れてしまって申し訳ありませんでした。)

「その過程が大事」と仰られるアルサマの主サマのお言葉には、
「・・ん。なるほど。です。」と、私なりに頷きました。

物事の流れには、動機・過程・結果があって、
事象それぞれ、また人それぞれに、どこを大切に思うか、どこに重きを置くかは
変わってくると思います。

>「言われた通りになんて誰だって出来る。
>アルが私のために工夫するってことが大事なんだ。
>どうしたら主に喜んでもらえるか、それを考えて実行すること。
>その過程が大事」

お二人の繋がりの中で「そんな過程が大事」と仰られる主サマに、
「アルサマがアルサマなりにお応え出来ればいいですね。^^」と思う私です。

我が身のことに置き換えてみると・・。

残念ながら、私のオツキサマは、こんなにも優しい(わかりやすい)示唆さえ、
してはくれません。
それさえ「答えはおまえの中に」という感じです。(笑)

 思うに、おそらく・・私のオツキサマは、
 私がその思いを感じ取る為に、のた打ち回り、もがき苦しむ「その過程をすら」
 ある意味、愉しんでいるのではないかと。(笑)

ん。愉しんで欲しいなぁ。私で。

私がかます、天然ボケに笑ってくれるのでもいい。
次はこれをさせてみよう、あれをさせてみよう、そんな無邪気な少年心でもいい。
難しい話に私が途惑って「コイツ、馬鹿だな(笑」と笑ってくれるのでもいい。
そして「必死な私」にゾクゾクしてくれるなら・・私はほんとに嬉しいのです。

私と居て愉しいなら、自然と笑っちゃえるなら、
ぁぁ、そんな私であれればいいなぁ、と、心の底から思います。

さて、もう一度、アルサマの主サマのお言葉に戻りましょう。
「言われた通りになんて誰だって出来る。」
「アルが私のために・・ことが大事なんだ。」

私もこの「誰だって」が、嫌なのです。
やらせれば誰にでも出来ることをやらせたいだけなら、それは私でなくてもいいのでは?

「おまえに」させること。
「おまえが」すること。
 ・・私に出来ること。私にしか出来ないこと。

私は、オツキサマの中で、確たる「おまえ」で居たい。

そして私自身は、やっぱり結果も出したいです。
オツキサマの為と言うよりも「自分で満足のいく」結果を出せてこその過程、と思うから。
 過程を愉しむ余裕なんて、こちらにはないですし。(小声。(笑)
 
ん・・と。
私のどの部分を愉しんで貰えるかは、オツキサマ次第。
posted by sizuku at 16:26| Comment(3) | TrackBack(0) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月06日

運命を信じますか?

あなたは運命を信じますか?

それは何も大袈裟なことじゃない。

あなたが居て、わたしが居る。
昨日があって、今日がある。
今日があるから、明日がある。

何かがどこかで繋がっている、
時間の中で、空間の中で。

時間を越えて、距離を越えて、繋がるもの。

 その必然と偶然。

わたしは運命を信じます。
posted by sizuku at 03:31| Comment(5) | TrackBack(0) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「売春捜査官」

つかこうへいの「熱海殺人事件」というお芝居は、上演の度に台本ががらりと変わります。
でも、変わるんですが、変わらないんです。

んと。まったくご存知ない方に、ごくわかりやすく説明すれば、
それは「水戸黄門」とか「太陽にほえろ」という感じかなぁ。(’’)

大筋のストーリー展開は、どのバージョンも変わらないんです。
根本は変わらないんですが、その時代時代で、描かれるエピソードが変わる。

だから新しい舞台を見る度に、飽きもせず楽しめてしまうという、
つかファンにはたまらない作品のひとつなんですね。

その中でも「売春捜査官」というバージョンは、少し異質になります。

「熱海殺人事件」は、そもそも、木村伝兵衛という刑事部長と、
その愛人の女刑事、そして若い男刑事と、容疑者の大山金太郎、の4人芝居なんですが、
この「売春捜査官」というバージョンでは、木村伝兵衛がそのままの名前で女なんです。
で、本来愛人である女刑事が、かつて恋人だった男刑事として登場します。

このバージョンはもう7年程前の舞台になりますが、今日はその中から、こんな台詞を。

 若い日には恋人で、今、部下となっている熊田という男刑事が、
 ようやく事件が解決して、木村刑事部長の元から去り、
 現在の恋人であるユキエの元に帰って行くシーンです。

――――――――――――――――――――
木村  そんな不細工な女と、小さく肩寄せ合い生きていくのは楽かもしれませんが、
    私のように、性格がキツくても可愛らしい女と、時には嫉妬し、憎しみ合い、
    激しく愛し合うのも、人生楽しいかもしれませんよ。

    ・・行かないで、貴方。

    私はこの狭い捜査室の中でいつも独りでした。
    時には星の見えるテラスで、おまえを愛してると言って欲しいのです。
    時には海の見える窓辺で、
    おまえはかけがえのない女だと、二度と離したくないと、言って欲しいのです。
    おまえの為なら、世界を相手に戦えると言って欲しいんです。

    ・・誰かに守って欲しいんです。 私、寂しいんです。

熊田  ・・勘弁してください。

木村  え?

熊田  勘弁してください。
    私にはユキエのような女で、ちょうどいいんです。 勘弁してください。

木村  何を勘弁するって言うんです。
    うら若い女が、身も心も差し出して好きにしてくれって言ってんのに、
    何を勘弁するんです。

熊田  勘弁してください。 貴女は、私には、重すぎます。

木村  重すぎる。

熊田  勘弁してください。

木村  何を勘弁するんです? だから私は、何を勘弁すればいいんです。

    七十億とも八十億ともいわれる人間が、この広い地球上に生まれ、
    二人出会い、たかだか六、七十年生きていくというのに・・
    死ぬほど愛してくれるか、殺すほど憎むかしてくれなきゃ、
    女はやってらんないんだ。
    私は裸にでも何でも、好きにしてくれって言ってんのに、何を勘弁するんです。
    ええ? 私はいったい何を勘弁すればいいんです。

熊田  勘弁してください。

木村  ・・失せろっ。

――――――――――――――――――――
この台本で木村部長は「独りでも生きていける女」として描かれています。

彼女がどんなに美しくても、どんなに熊田を愛していても、
さらには熊田も、彼女をとても愛しているのですが、
それでも彼は、最後の最後に、彼女を選ばない。

何度も何度も繰り返される、熊田の悲痛な「勘弁してください」が、たまらないのです。

不器用な女。

この台本の木村部長には、そんな表現がぴったりくると思いました。

人一倍寂しがり屋で、ほんとは独りでなんか生きてはいけないのに、
他人からは、独りで生きていける女と見られてしまう。

それはもちろん、いつも強がったり素直になれない彼女自身のせいでもあるのですが。
 ・・まぁ、言ってみれば、彼女の自業自得なんです。

だけど・・じゃあ、それは誰のせい?
彼女がそんな生き方しか出来ないのは、誰のせい?
彼女自身が悪いの?

きっと彼女自身にも、それはわからないと思うのです。
わからないけど、そういう生き方しか知らない、出来ない。
誰のせいでもなく「ただそれだけのこと」なんだと思うんです。
決して彼女自身が「悪い」わけでもないんだと思うんです。

誰も、誰をも責められない・・。

だから、悲しい。だから、切ない。


つかこうへいのお芝居を観ると、必ず私は泣いちゃうんです。^^;
泣き所は、同じ舞台でも観方によって、その都度違ったりするんですが。(笑)

んと。
私はいつも「泣けるから」「泣きたくて」・・つか芝居を観てるのかもしれません。
posted by sizuku at 03:24| Comment(0) | TrackBack(0) | つかworld | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月05日

土砂降り

「ぁぁ、まただ。この感じ。」
・・今夜、東京。突然の土砂降り。

跳ね返る雨粒が足元を濡らす。
傘をさしていても身体が濡れる。

特別に雨が好きなわけでもないのだけれど
土砂降りの中で私には、いつも陥る感覚がある。

 傘など要らない。服も要らない。
 裸になりたい。雨に濡れたい。

 この身体・・素肌で、雨に打たれたい。

いつからそう思うようになったのか覚えていない。
何故そう思うのかもわからない。
 もちろん、試してみたことはないけれど。

想像すると、それは無性に気持ちよさそうな気がする。
ぁぁ、ぁぁ。丸裸でずぶ濡れになりたいなぁ、と思う。

 雨は私を潤してくれるだろうか。
 雨は何かを洗い流してくれるだろうか。

人通りの少なくなった街中を、私はいつまでも歩いている。

土砂降りの雨の中で私の身体は、どんどん熱くなっていく。
posted by sizuku at 02:01| Comment(3) | TrackBack(0) | 銀色の水鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年09月02日

逢いたい。

逢・い・た・い。
posted by sizuku at 02:02| Comment(4) | TrackBack(0) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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