2004年09月11日

オツキサマ次第

仕事で、時間的に非常にハードだった1週間がようやく終りました。
来週はおそらく、精神的にとてもハードになりそうな1週間を目前に、
ほんの束の間の週末の休息です。

読むのがやっと。なかなか書き込みもままならなかった日々の間に、
アルサマからは「御主人様のために」というTB記事を戴いていました。
(アルサマ、お礼のコメントも遅れてしまって申し訳ありませんでした。)

「その過程が大事」と仰られるアルサマの主サマのお言葉には、
「・・ん。なるほど。です。」と、私なりに頷きました。

物事の流れには、動機・過程・結果があって、
事象それぞれ、また人それぞれに、どこを大切に思うか、どこに重きを置くかは
変わってくると思います。

>「言われた通りになんて誰だって出来る。
>アルが私のために工夫するってことが大事なんだ。
>どうしたら主に喜んでもらえるか、それを考えて実行すること。
>その過程が大事」

お二人の繋がりの中で「そんな過程が大事」と仰られる主サマに、
「アルサマがアルサマなりにお応え出来ればいいですね。^^」と思う私です。

我が身のことに置き換えてみると・・。

残念ながら、私のオツキサマは、こんなにも優しい(わかりやすい)示唆さえ、
してはくれません。
それさえ「答えはおまえの中に」という感じです。(笑)

 思うに、おそらく・・私のオツキサマは、
 私がその思いを感じ取る為に、のた打ち回り、もがき苦しむ「その過程をすら」
 ある意味、愉しんでいるのではないかと。(笑)

ん。愉しんで欲しいなぁ。私で。

私がかます、天然ボケに笑ってくれるのでもいい。
次はこれをさせてみよう、あれをさせてみよう、そんな無邪気な少年心でもいい。
難しい話に私が途惑って「コイツ、馬鹿だな(笑」と笑ってくれるのでもいい。
そして「必死な私」にゾクゾクしてくれるなら・・私はほんとに嬉しいのです。

私と居て愉しいなら、自然と笑っちゃえるなら、
ぁぁ、そんな私であれればいいなぁ、と、心の底から思います。

さて、もう一度、アルサマの主サマのお言葉に戻りましょう。
「言われた通りになんて誰だって出来る。」
「アルが私のために・・ことが大事なんだ。」

私もこの「誰だって」が、嫌なのです。
やらせれば誰にでも出来ることをやらせたいだけなら、それは私でなくてもいいのでは?

「おまえに」させること。
「おまえが」すること。
 ・・私に出来ること。私にしか出来ないこと。

私は、オツキサマの中で、確たる「おまえ」で居たい。

そして私自身は、やっぱり結果も出したいです。
オツキサマの為と言うよりも「自分で満足のいく」結果を出せてこその過程、と思うから。
 過程を愉しむ余裕なんて、こちらにはないですし。(小声。(笑)
 
ん・・と。
私のどの部分を愉しんで貰えるかは、オツキサマ次第。
posted by sizuku at 16:26| Comment(3) | TrackBack(0) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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