2005年03月21日

【桜の記憶 2005】

夜桜


今年もまた桜の季節がやってくる。
最後にその声を聴いてから、また一年が経とうとしている。

もう何年繰り返されただろう。
いつも男は微かな桜の香に乗って、電話をかけてきた。

――――――――――――――――――――

「オマエの声が、聴きたくなったんだよ。」
変わらず勝手な言い草だった。

「ワタシの声・・思い出すことなんかあるの?
ワタシはアナタの声なんか、とっくに忘れていたけど。」

それは確かに本当のことだった。

「忘れるわけないだろ。あんな声。」

男の声は忘れていたが、
電話の向こうでそう言った男の目を、ワタシは覚えていた。

「いい場所、見つけたんだよ。あそこなら、誰にも邪魔されずに楽しめる。」

男が何を言っているのかはすぐにわかった。

「再来週末あたり、どう? 来週じゃまだ早い。」

「ううん、行かない。」
「そうか。」

男の返事もあっさりしたものだった。

――――――――――――――――――――

満開の夜桜の道を、二人並んで歩いたことがあった。

月明かりで青白く見えた花びらが、風の加減で舞い散り、
地面に落ちたそれは、踏み躙られてすぐに汚れた。

「今すぐ、ここでヤらせろよ。」
人通りのある道で、男の冗談とも本気ともつかない囁きに、
そのときワタシは濡れた。

部屋に入るなり、ドアに背を押し付けられて立ったまま犯された。

「アっ・・ああっ・・。」

「ふん、いつでも用意万端。濡らしてんじゃねぇよ。」

男の下品な言葉が、ワタシを一層昂ぶらせた。

「ぁぁ、止めて、言わないで。・・ぁっ、ぁっ、いい、
いい。いや。・・ぁ。いやぁ、ぁぁぁ・・いいっ。」

床で犯されたあと、部屋中をぐるぐる這い回された。

「どんなケモノでも、オマエみたいな声はあげないよな。」

男は、ベッドの端に腰掛けて煙草を燻らせながら、
四つんばいのワタシがその足元を横切る度、楽しそうに
ワタシの剥き出しの尻めがけて革のベルトを振り下ろした。

――――――――――――――――――――

「で。彼とは上手くいっている?」
「ええ。」

「ふーん、それはいいことだね。」
「・・余計なお世話だと思うけど。」
「こりゃ、失敬した。」

一瞬の間のあと、男が言った。

「オマエの声さ、凄いよな。」

「うるさかったよね。ごめんね。」
ワタシはわざと謝ってみた。

「いや、別に。あれはあれでいいさ。」
「そう?」
「興奮するんだろ? 自分の声に。」
「・・うん。」

「オマエはさ、そういう女なんだよ。イカれ具合がたまらないね。まったく。」

男の声は楽しそうだった。

「・・さて。今年もフラれたことだし。そろそろ、切るよ。」
「うん。」
「また連絡する。」
「もう、いいよ。いい加減・・。」

「ふん・・待ってるくせに。」

そのとき男が、あの目で笑った気がした。

「なぁ。オレのチンコも忘れたか? いつもオマエがあんなに欲しがった。」

切り際、受話器越しの男の囁きは、また冗談とも本気ともつかなかった。

「・・とっくに、忘れたな。」
「そうか。」
「うん。」
それは半分本当で、半分は嘘だった。

毎年、風が温み、桜の話題が出る頃にだけ、
ワタシは男のアレと、男とのソレを思い出した。

「じゃ、まただな。元気でいろよ。」

去年も、同じ言葉で電話が切れた。

――――――――――――――――――――

ワタシは待っていた。・・のかもしれない。

けれど、もう今年、男からの電話はないだろう。

あの最後の電話のあと、
花がすっかり舞い落ちて、瑞々しい緑が芽生え、
人がまた桜の樹を忘れる頃、

ワタシはその電話番号を捨てていた。
posted by sizuku at 05:04| Comment(9) | TrackBack(1) | 銀色の水鏡 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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