2005年04月08日

私なら見せたい。

自分の手で無毛状態に手入れしたソコを彼に「点検」されることは、
もう「この世の終わり」ってくらいに恥ずかしい。
もちろん女友達との温泉旅行だとか、いわゆる知人、友人には、
そんなの絶対に見られたくないし、知られたくもない。

だけど。
例えば、健康診断の婦人科健診で。
例えば、韓国式アカスリのベッドの上で。

「それはどうして?」「なんでこんなことを?」
・・見ず知らずの赤の他人である相手が、
私本人には面と向かって何も言えない、聞けない状況でなら、
私はむしろ無表情に黙って淡々と、その部分を晒してみたいと思う。

オトナの女が、その部分を、
その年齢には似つかわしくない状態にわざわざ手入れしている。
・・そんなある種の「狂気」を、私は脱ぐことが必然の場所でなら、
赤の他人に晒してみたいと思う衝動に駆られてしまうのだ。

そしてそれを彼に報告したい。
彼の居ない場所で、そのとき私が独りソコを晒しながら何を感じたか。

ソコに注がれた、全くの赤の他人の視線とか。リアクション。
それを受けて、私が何を思い、感じたか。自分の心がどう動いたのか。
そんなことを事細かに。

まさかそんなシュチュエーションで、私は濡らさないだろう。
と、それが普通の感覚だと思うけれど、
いやいや私は、はしたなくも濡らすのかもしれない。

「濡れる」というのは、濡らそうと思って濡らすのではなく、
私の理性や意志とは無縁の現象だ。
自分の核にある本性とも言うべき感覚が高揚し、興奮すれば、
情けなくも、自分の理性や意志とは無縁にもソコは濡れる。

赤の他人に見せる願望があるとかないとか、
そんな度胸があるとかないとか、決してそういう問題ではなくて、
私はそのときの自分自身の心の動きにこそ、とても興味がある。

だから何より、それを彼に報告したい。

私がそれで何を感じたか。
私がそのとき、果たしてどんな女だったのか・・。

私が何を話そうと、
「おまえやっぱりサルだな。(笑)」 と、彼はきっと笑って聞いてくれる。

そして最後の最後に真顔で言うだろう。「ふん。どうしようもないサルめ。」

 ――――――――――

ところで。

ソコを無毛状態に保つようになってからかなりになるけど、
普段、常に下着で擦られ続け刺激を受け続けている私の淫核は、
もしや日々微妙に肥大してきているのでは?と思うことがある。

日常生活のちょっとした身体の動きにも、
ソコは思いがけず刺激されてしまうことがあって、
そんなとき私は、とても恥ずかしいのだけど、
それこそ自分の意志とは何も関係なく、着けている下着を汚してしまうことがある。

夜毎手入れの為に、自分のソコを2本の指で押し開くようにすると、
それは艶やかに紅くぷっくりと膨れ上がり、みるみる迫り出してくる。
ときどきわざと意識的に触れてみると、
まるで目に見えるスイッチを押したかのように、私の身体は反応するのだ。

・・私の身体の一部分でありながら、
私の意志ではコントロール出来ない不思議なパーツ。
posted by sizuku at 18:55| Comment(10) | TrackBack(1) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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