2005年04月15日

「子ども返り」

thorn_roseさんの記事を拝見していて、私とは状況も感覚も違うのだけど、
あれは私にとっては、確かに私の「子ども返り」感だった・・と思うことがありました。

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彼の前でついうっかり粗相をしてしまって、汚れた(というか自分で汚した)身体を、
彼がきれいに拭きとってくれたことがあります。

あのときは、確かに私も「放心状態」でしたが、
だけどそれは「快感」とか「至福感」から来るものではなくて、
ほんとうにどうしたらいいのかわからない、・・もっと言えば、
自分の身に、何が起こったのかもわからない、そんな状態でした。

全身の血がさーっと引いていくような感じがして、
四つんばいのまま固まってしまった私に、
彼は、とても静かに、穏やかに「きれいにしような」と声をかけ、
まるで赤ちゃんのオムツをかえるときのように拭いてくれたのでした。

私はそんな自分が、気が狂いそうなくらい恥ずかしいはずなのに、
拒否することも出来ず
(言葉を発することはおろか、避けて身体をずらすことさえ)
彼の為すがままに、ただ拭かれているだけでした。

「情けなくも・・」と、後からなら思うのだけど、
そのときはそんな感情さえ浮かばなかった。

あの時私が感じたのは「無力感」。
 彼の前で、何の力も持たない自分。

全てを彼を委ねよう、なんて意思さえも浮かばない、全くの「無」。

今思えば、つまり「委ねよう」「委ねたい」じゃなくて、
「委ねるしかない」のだったのだろうな、と思うんですが、
あのときの私は、彼の前で、
完全に無力な「子どもに返っていた」そんな気がします。

大人に戻って(我にかえって)また襲ってくる猛烈な羞恥感。
 今思い起こしても、それは鳥肌が立つくらい・・。

 ――――――――――

彼と一緒に居て、私の身にはいろんなことが起こります。

中にはもちろん彼の綿密な思惑のもとに、私に与えられているものもあるのだろうけど、
それは必ずしも全てが、彼が計算して引き起こしてるものでもない気がします。

一緒に居て、二人の間に起こる、様々なハプニングの数々。
それによって私は次から次、自分さえ知らなかった自分と向き合うことになる。

・・と、そう考えると私は、いわゆる彼の責めが欲しいのではないのかもしれない。
私は、彼の責めから生まれる(そこから引き起こされる)
思いもかけないハプニングこそが欲しいのかも。

そして私が幸せなのは・・

何が(どんなハプニングが)起こっても、たとえ私がそれでどんなに混乱したとしても、
彼がちゃんと見届けてくれて、しっかり私を受け止めてくれることなのかもしれない。

 ――――――――――

もし彼がサディストでなくても、私はマゾだと思うし、
もし私がマゾでなくても、彼はサディストだろうと思います。

 だから私は彼と一緒に居ると、とても気持ちがイイんじゃないだろうか。

もし彼がサディストでなくても、私はマゾだと思うし、
もし私がマゾでなくても、彼はサディストだろうと思います。

 ・・だけどそんなことはどうでもいい。

私は彼が大好きだし、彼と一緒に居ると気持ちがイイから。
posted by sizuku at 18:28| Comment(2) | TrackBack(0) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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