2005年04月25日

「銀色の雫」100記事め。

これまでだって、何度も、何度も、
彼との関係に不安な気持ちになったことがある。

これはいったい何なんだろう・・って。
 恋人でもない。主従でもない。

だけどそんな関係は、私自身の理想でもあるはず。
ただ自分の「好き」が、そこにあればいいじゃん。と。

なのに、ときどき私は不安になる。


 ・・わかってる。

不安になるのは、
そんな自分の「好き」が見えなくなるときなんだ。

彼が忙しくて、なかなか逢えなかったり、
時に連絡さえ途絶えたり、それはとても寂しいんだけど、

 ・・寂しいだけじゃないんだな。

そんなとき私は、自分の気持ちを見失いそうになるんだ。

 そんなに彼が好きなの?
 ほんとに彼が好きなの?

どうしてだろう、自分の気持ちなのに。

私は、自分が何をしたいのか。本当は何が欲しいのか。
それさえ、わからなくなってしまうことがある。

だから、そんなとき決まって私は自分に問い掛ける。
「嫌ならやめれば?」「嫌ならやめてしまえばいいよ。」


もし。もし。私が「もう嫌になりました」と言ったら・・

彼はきっと「ふーん。」 あるいは「そうか。」
 ・・たぶん、彼が取り乱すことはないだろう。

そして私も。きっとそんな彼に取り乱すことなく、
(いや、一瞬は取り乱すかもしれないけど)
意外とあっさり、二人の関係は終るような気がする。

もし本当に私が嫌になったなら、
きっとこの関係はごくごく静かに終らせられるんじゃないか?

だから私は自分に問い掛けてみる。
「嫌ならやめれば?」「やめちゃってもいいんじゃない?」

何度も。何度も。繰り返し。繰り返し。

すると決まって、次の問いが浮かんでくる。
「やめられるの?」「本当に彼が居なくなってもいいの?」


・・・・・。

いいわけないじゃん・・。

彼を失って、今、自分がしっかり生きていけるとは思えない。
ちゃんと自分の足で立って、歩いていけるとは思えない。

 ぁぁ、どうしてだろう。ときどきこんなに苦しいのに・・。

彼を失いたくない。彼の傍にいたい。ずっと傍に。

彼は決して私を縛りつけようなんてしないのに、
私は彼から離れられない。

そしてようやく思い出す。
 ぁぁ、好きなんだ。私はやっぱり彼が好きだったんだ・・。

 ――――――――――

好きだとか。嫌いだとか。
こんなに真剣に考えなくてもいいものなのかもしれない。

そういう感情は、もっと自然に湧き上がってくるものなのかもしれない。

だけど私は、ときどきそうして自分で自分を追い詰めないと、
好きだとか、嫌いだとか、そんな原始的な感覚ですら、
自分自身で確かめられないときがある。

そうやって自分の気持ちを掴まえ直せさえすれば、
私はまた不安から解放されるのだけど・・。

そう考えると私の不安感は、彼によってもたらされるものではなく、
常に自分自身の中にあるもののような気がする。


彼の責めだとか、ときどき無性に激しいアクションが欲しくなるのは、

自分自身の心さえも見失ってしまいそうになることがある、
私のこんな性質と何か関係があるのだろうか。
posted by sizuku at 03:31| Comment(2) | TrackBack(0) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。