2005年06月22日

夏至

夜がいちばん短い夜。

貴方に話しかけながら、

私は私の未来を恐れずに生きていこうと思った。
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2005年06月20日

夢の中へ


♪夢の中へ   井上陽水


探しものは何ですか?
見つけにくいものですか?
カバンの中もつくえの中も
探したけれど見つからないのに

まだまだ探す気ですか?
それより僕と踊りませんか?
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?

休む事も許されず
笑う事は止められて
はいつくばってはいつくばって
いったい何を探しているのか

探すのをやめた時
見つかる事もよくある話で
踊りましょう 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?

探しものは何ですか?
まだまだ探す気ですか?
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか?


・・何だったんだろうな。
私は一生懸命探していた。
確かに探してはいたけれど、何も見つからなかった。

歌は私に言っていた。
「探すのをやめた時 見つかる事もよくある話」と。
だけど私はどうしても探すことをやめられなかった。

何だったんだろう。
私があんなに必死になって探していたのものは。

出掛けにちゃんとガスの元栓を締めたか、
戸締りはきちんとしたか、ひどく気になった。
玄関で何か忘れ物をしているような気になって、
なのにそれが何なのか、どうしても思い出せなかった。

「探しものは何ですか?」

・・本当に何だったんだろう。
あんなに必死に探していたのに、私は何を探していたんだろう。

いくつもの答があったような気がする。
だけどそれは、どれも本当に探しているものではなくて、
探しものをしている自分への、言い訳にすぎなかったのかもしれない。

 ――――――――――

「ようは、どうすればおまえ自身が楽でいられるかってことでさ。」

・・そういえば、いつか彼が私にそう言ったっけ。

彼の言葉はいつもほんのりロマンチックで、かなりミステリアスだ。
私はたいていずっと後になってから、その意味に気づく。

彼には彼の苦悩がある。決してパーフェクトではない。
だけど彼の言葉は、少なくとも私には説得力がある。

それは私が彼を、決して単なる夢想家ではなく高遠な理想家であると、
そして同時に真摯な実践者であると、知ることが出来たからなのだろう。

今。
私の中で、ようやくいろんなことが、確かな繋がりをみせ始めた。
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2005年06月17日

トンネル

ようやく、長い長いトンネルを抜けたような気がした。

それがつい昨日、一昨日、入り込んでしまったトンネルなのか、
それともずっと子どもの頃に迷い込んでしまったトンネルなのか、

本当に長かったのか、短かったのか、
あるいはそもそも、そんなトンネルがあったのか、なかったのか、

抜け出してみたら、何もかも不確かで曖昧だった。


そんな不確かで曖昧なものの中で、私は何を怯えていたんだろう。

光が見えない
方向がわからない
出口が見つからない

自分で創りあげてしまったのかもしれないトンネル妄想の中で、
私は怯えていた。震えていた。


トンネルを抜け出たと感じた瞬間、世界はとても眩しかった。
そこには光があり、風があり、私がぽつんと一人立っていた。

そう、一人で!

けれど私はちっとも寂しくなんかなかった。
不安でもなかった。


乳房の辺りで、ぎゅっと右手の拳を握った。
それを左手の掌で優しく覆った。
握った拳の中が温かく、やがて熱くなった。

 私はそこに、貴方がいるような気がした。
 
・・気がしたことが、私はとても嬉しかった。


そう。だから私はそれをまず、貴方に話そうと思った。
posted by sizuku at 17:29| Comment(7) | TrackBack(0) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月15日

泣いた。

貴方は貴方で。

私は私で。


二人が別々の人間だから。

その間に、隙間があるから。

だから、歩み寄ったり、寄り添ったり、

もっともっと近づきたいと思えるんだと思った。


二人が別々の人間だから。

その間に、隙間があるから。

耳元の囁きが嬉しかったり、
繋いだ手が温かかったり、

そんなことにも気づけるんだと思った。


二人が別々の人間だから。

私たちが、それぞれの「自分」だから。

貴方と、私の間に、確かな隙間があるから。


私たちは、

見つめあうことだって出来るのだと知った。


今夜、私は、

貴方と私の間にある隙間が愛しくて、

愛しくて、泣いた。
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2005年06月12日

文芸本3冊

ホテル・アイリス.jpg  緊縛.jpg  変態.gif

左から、読んだ順に
「ホテル・アイリス」 小川洋子
「緊縛」 小川内初枝
「変態」 藤本ひとみ

・・立て続けに3冊の文芸本を読みました。
3冊とも、いわゆる「その世界」がモチーフになっています。

どの作品にも、その作品ならではの魅力がありましたが、
(個々への感想ではなく)3冊を続けて読み終えた感想として、
私はそこに詭弁としてではない「人それぞれ」を感じました。

いずれの作品にも共通していたのは「それぞれの形」を越えて、
「それぞれの心のあるがまま」が繊細に描かれていたこと、でした。
 ―― 個の内外の、引かれ合う心と、反発する心。

そしてもうひとつ共通していたのは、
物語には必ず結末があるということ。でした。
 ―― 「性」の先に見えてくる「生」と「死」。

 ・・まぁ、たまにはこんな読み方も面白いかな。と。(笑)


特別オススメというわけでもありませんが、
もし興味を持たれた方がいらっしゃれば、是非。

参考までに、主人公の年齢が10代・30代・40代と設定されているので、
3冊とも読まれるつもりなら、偶然にも私の読んだ順が読み易いかも?です。

 ちなみに、繊細な感覚や心理描写を表現し得る語彙、筆致と、
 構成の妙が生む作品の奥行きという点で、
 私は藤本ひとみさんの「変態」に、いちばん引き込まれました。
posted by sizuku at 01:06| Comment(3) | TrackBack(1) | 男と女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月07日

私の望み

私には、貴方に貰った勲章がある。

 「おまえはしぶとい。」 ・・貴方の言葉。

 ――――――――――

冗談めかして、彼に聞いたことがある。

「もし私が、
 思い切り叩いて、折れてしまいそうな女だったら?
  ・・本気でなんか、叩けないでしょう?(笑)」

「うん。(笑)」

「もし私が、
 締めたら、簡単に死んでしまいそうな女だったら?
  ・・首なんか、絶対に絞められないでしょう?(笑)」

「だね。(笑)」

彼は例の如く、笑いながら頷いてくれた。

 ――――――――――

貴方が、本気で叩ける女でいたい。

貴方が、本気で締められる女でいたい。

 ・・それが私の望み。
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2005年06月06日

「さ・す・が」

さすが さすがの サルまわし おサルのココロ 鷲掴み。

 ――――――――――――――――
 私にとって肝心なことは、私がサルで、
 貴方がサルまわしだってこと。
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2005年06月04日

今日、ブログ巡りをしていて思ったこと。

「私のブログは私のもの。」
だから自分が思うことを書いていいのは当然だと思うけど、
私は、何か自己主張をするときに、
自分の場所だから、自分のブログだから、という言い訳に甘えたくはない。

特定の誰かに(あるいは誰かの特定の記事に)疑問を感じたり、批評をしたり、
特定の誰かに(あるいは誰かの特定の記事に)異論や反論を唱えたいのであれば、
それは「そこ」に向かって直に、正々堂々と発信したい。

もしある特定の事柄に、あえて「一般論」として上のような記事を書くならば、
不特定多数の読み手に対して、
その論拠となる事象(自分がそう考えるに至った根本の事柄)を、
まず「客観的に」明示する必要があるんじゃないだろうか?

これは、もちろん、自己主張することの良し悪しではなく、
書き方のマナー、あるいはエチケットだと思う。

 ・・と、偉そうに言う私も過去に「微妙」な記事を書いたことがあって、
 そのときの反省、自戒も込めて、
 今ではそう思うようになった、ということなのだけど。

「書くこと」と「発信すること」の違い。

文字さえ知っていれば「書くこと」は誰にでも出来る。
対して「発信すること」には、
それなりのテクニックがいる、ということなのかもしれない。
posted by sizuku at 20:01| Comment(13) | TrackBack(0) | ネットウォッチ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月03日

手のかかる女

closedサマの記事を読みながら、私は初めて彼と逢ったときのことを思い出した。

それまでの長い長いやり取りの後、私はとうとう、
「どうか、お願いですから、逢ってください。」という気持ちになり、
彼にそう告げたんだっけ。

だけどそれを告げたとき、
逢ってすぐに、そういう関係を持てるかどうかは約束出来ないとも言った。

 それはもちろん「お互い様」のことだけど、
 逢った瞬間に「違う・・」と思うことも、当然あるだろうと思っていたから。

「"覚悟"はして行きます。・・けど今、それを"約束"は出来ない。」

彼は言った。「うん。それでいいよ。・・でも、その"覚悟"は、しておいで。」

 ――――――――――

繁華街の駅前で初めての待ち合わせ。

あのときの陽射しの加減と、空気の肌触り、街の喧騒、そして自分の緊張を、
私は今でもしっかりと覚えている。

逢うなり私は、挨拶もそこそこに一気に喋り立てた。
お天気のこと、洋服のこと、ネットの話題、その頃嵌っていたヨーグルトの話まで。
 話題は何でもよかった・・
初めて現実に彼と並んで歩きながら、
私は彼との間に出来る「間」が怖かったんだろう。

初めて逢ったのだから、どこか静かな場所、
2人きりでゆっくり話が出来る場所に連れて行ってくれるといいなぁ、と
漠然と思っていた気はするけど、

「どこに行くの?」「何をするの?」実はそんな打ち合わせも何もなく、
私はそのとき彼の足が、確実にもうどこかに向かって歩き始めていたことに、
まだ気づいてはいなかったようにも思う。

ただ私は彼に遅れまいと、喋り続けながらも必死について歩いていた。

「ただ、ついて行けばいい。・・彼にすべてを任せる。」 ・・今思えば・・

待ち合わせ場所で逢った瞬間。
彼と「目」が合った瞬間に、私の気持ちはもう決まっていたのかもしれない。


それまでに、どんなにか時間をかけてやり取りを続けてきたとはいえ、
実際には全くの初対面の挨拶から、ものの30分・・。

私は彼の前で震えながらも、命ぜられるままに、自ら服を脱いでいた。


その日の自分の日記にはこう書いてある。

>肝心なことは黙ったまま他愛もない雑談を続け、
>その人に促されるまま、私はその建物に入った。

>すんなり着いて行った私を、その人はどう思ったのだろう。

>それを私が、暗黙の了解にした瞬間の、その人の気持ちが知りたい。


・・不思議だった。ほんとうに。

そこには「肝心」と思える言葉は何ひとつなかった・・。

 ――――――――――

逢う直前に、私は彼に言った。
「私は相当に手がかかる女だと思います。・・それでもいいですか?」

「かけ甲斐があればいいよね。」・・彼はそう言って笑った。


果たして私は、ただその手を焼かせるだけじゃなく、
彼にとって、その「甲斐ある」女だったろうか。

 ――――――――――

あの初対面の日、私がしたのは「私の覚悟」だった。

ずっと私は、その自分の覚悟をこそ大事にし続けてきたけれど、
最近になってふと思う。

彼は今までにそんなこと、一言だって口にしないけれど・・

あの日・・彼もまた「彼の覚悟」をしてくれていたんじゃないだろうか。


そんな「彼の覚悟」に、私は精一杯応えたい。
posted by sizuku at 19:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

鬱陶しい

私はときどき自分のことを「冷たいのかな。」と思う。

私が自分を冷たいかも。と思う理由は、ときどき、他人(ひと)に対して、
何の言葉もかけてあげられなくなるときがあるということだ。

例えば誰かが傷ついている、苦しんでいる、そんなときに、
その状況に、ぁぁ、傷ついているだな、苦しんでいるんだな、と
感じることは出来ているつもりだし、
何か言ってあげたい、出来るなら励ましてあげたい、慰めてあげたい、と
そんなふうにも思うのだけど・・

思うのだけど、そんなとき私には、言葉が、
かけてあげるべき言葉が、何も見つからなくなってしまうことがあるのだ。

誰かの話を聞いていて、その人が、
「ぁぁ、一生懸命、頑張ってるんだな。」と感じることがある。

そんなとき、いったい私は、どんな言葉をかけたらいいんだろう、
どんな言葉がかけてあげられるんだろう。


私は「頑張る」という言葉が、好きでもあり、嫌いでもある。

時と場合によっては「頑張れ」という言葉は、凶器にもなり得るらしいけど、
それを踏まえた上で私は、それでも
「本人が、頑張りたいなら、頑張ればいいよ。」と思うことが、よくある。

本人が本当に頑張りたいと思っているなら、
それが本人にとって、頑張リどころだと感じられている場面なら、
「そうだね。頑張れ。頑張って。」と、心の底から思ってしまう。

たぶんそれは・・私自身が過去に、
「頑張ることしか知らなかった」せいだと思うけど。

かつての私は、頑張ることしか考えられない頭に、心に、
たとえどんなに「頑張るな」「頑張らなくていい」と言われても、
「頑張らないということがどういうことなのか」自体がわからなくて、
余計に混乱してしまっただけだった。

そして私の場合は、
頑張って、頑張って、力尽きて、ふっと自然に力が抜けたとき、
そのときになって初めて、
「頑張らないということがどういうことなのか」が、わかった。
「頑張らなくていいよ」と、かけて貰った言葉の意味が理解出来た気がした。

だからそこまでは。そにに行き着くまでは、
たとえどんなに苦しくても、
頑張ることも大事なんじゃないかと思ってしまう・・。


もちろんこれは、私のケース。
誰にも彼にも当て嵌まるものではないかもしれないし、
こんな私の思い込みのようなものが、
もしかしたら「凶器」となってしまうのかもしれない。

それに、本人の「頑張る」「頑張りたい」という言葉が、
どこまで本気なのかも、私にはわかってあげられないだろうな、と思う。
そうは言っても、本心ではもう頑張りたくないのかもしれない・・。
・・だとしたら・・。

 ――――――――――

頑張っている人に、頑張れと言うべきか。
頑張らなくてもいいよ、と声をかけてあげるべきか。

せっかく頑張っているところに、
もうあとちょっとで何処かに辿り着けるかもしれないというときに、
私にはそのどちらの言葉も、無用な気がしてならない。

私なら・・
ようやく頑張り抜いた後に「よく頑張ったね。」と一言声をかけてあげたい。

もし仮に我が身のことだったら、そんな一言が何より嬉しいと思うから。


だけどな。

人によっては、苦しいときに声をかけられ、励まされることで、
新しいエネルギーが生まれたり、バランスが取れるということもあるんだろう。

そう思うとき「じゃあ、私にはいったいどんな言葉がかけてあげられる?」と
悩んで、悩んで、
結局、何の言葉も見つけることが出来ずに、口を噤んでしまう結果になると、
そのジレンマの中で、私にはいつも決まって同じ言葉が浮かんでくるのだ。

「これって冷たくない? ・・私って、冷たい人間なのかもね。」・・


たとえそれがどちらであれ、思いやりに満ちた態度で、優しい気持ちで、
自然と言葉をかけてあげることが出来る友人たちが、私には眩しくて、
少し羨ましい。

そして今は、こんな記事しか書けない自分が、言い訳がましくて鬱陶しい。
posted by sizuku at 01:25| Comment(10) | TrackBack(1) | 男と女 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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