2005年01月14日

恥じらい

たぶん。大事なことは、人としての恥じらい。

間違っていることは間違っていると思える感覚。
いけないことはいけないことだと思える感覚。

それでも止められない感情や、どうしようもない思いがあって、
だからこそ、
そんな感情やそんな思いにも、私は私の恥じらいを持ちたい。

貴方の前ではどんなに恥ずかしい私でも、

社会(ひと)の中にあって、
何もかもをも、
ただ自分の都合のいいように理由づけて正当化していくことに、私は
一抹の恥じらいさえも感じられないような人間にはなりたくないの。

・・だから。 ねぇ貴方は、もっと私に恥ずかしさを教えて。
posted by sizuku at 03:04| Comment(2) | TrackBack(0) | 銀色の雫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
例によって覗かせてもらっています。あいかわらず極めて難解にして、単純な思想を書いているね。殺しても死なないらしいが、打ち甲斐があるのは間違いなさそうだ。
タイプだな(笑)
分かると思うが傍目にしっかり褒めてるんだよ。今年も楽しませてください。
Posted by 歪んだ男 at 2005年01月14日 21:05
歪んだ男サマ、おひさしぶりです。^^

プロフィールの見えない歪んだ男サマからのコメントを拝見すると、いつも私は
「確かに、誰かに、見られている自分」というものを感じます。
それは、なにか不気味で、どこか心地いい、とても奇妙な感じです。

「打ち甲斐」という言葉を聞いて、
「打たせ甲斐」という言葉が浮かびました・・。(笑)

どう取り繕ってもごくごく単純なことしか書けませんが、
どうぞ、ぜひまたコメントくださいね。
Posted by sizuku at 2005年01月16日 01:30
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