2004年09月27日

「問いと答」 谷川俊太郎

互いに互いの問いとなり
決して答にはゆきつけぬまま
やがて私たちの言葉は
ひとりひとりの心の井戸で溺れ死ぬ
世界が問いである時
答えるのは私だけ
私が問いである時
答えるのは世界だけ
詩は遂に血にすぎない
寂寥のうちに星々はめぐり続け
対話はただひとり私の中で
いつまでも黙つたまま
どうしようもなく熟していくだろう

――――――――――――――――――――
先週、機会に恵まれて、とうとう憧れの谷川俊太郎さんに逢えました。^^
と言っても・・
特別個人的にというわけでもなく、サイン会という公の場でしたが。

私ね、本を探しているんです。

いつか私も、当たり前にこの世を去るときがくる。
最期のとき、私は、自分にとっての「生涯の1冊」を抱いて、
静かに静かに眠りにつけたらいいなぁ・・と思っているんです。

そんな「1冊」を、もう長いこと探し続けています。

「それは本なの?・・人ではなくて?」

最期のとき、誰かの手を握って逝きたいのではなくて、
それは本なの?と、問われちゃいそうですね。(笑)

ん・・今は本です。そう、人ではなくて、本なのです。

それがいつか「人」になるかもしれないとは思っています。
出来ることなら、誰か・・あなた・・の手を握って、静かに逝きたいなぁ、と。

でもね、今は本。

 ――――――――――

何かに迷ったとき、
何かを考えたいと思うとき、
今のところ私は、谷川俊太郎さんの詩集を開くことがとても多いです。
posted by sizuku at 03:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 俊太郎world | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「これが私の優しさです」
「33の質問」
我が家の本棚に並んでいます。

「いちめんのなのはな…」も大好きです。

あと谷川さんではないのですが
茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」
私の座右の銘となっています。
もし機会がありましたら、是非ご一読を^^
Posted by 葉子姐 at 2004年09月28日 02:59
>でもね、今は本。
それはそれでカッコイイね。
”今は”と書いているのが正直であり
謙虚さでありヘタレな弱さであり…
まぁなんでもいいよね(笑)

僕は逆に死ぬ前に一冊くらいは”完成した”本を
世の中に出したいなー、と思ったり思ったり。
ま、なんつーか僕の魂はチャプチャプゴクンとした
絶望の泥沼を沈んだり潜ったり。

要するにまぁ、よくわかんねぇんだな、これが。
Posted by はにゃ at 2004年09月28日 06:46
葉子姐サマ。おひさしぶりです。^^

>茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」

葉子姐サマの座右の銘と伺って、とても興味が湧き・・(すみません。^^;
今日さっそく読んでみました。

「書けない。・・私には書けないなぁ、こういうの。」 が、正直な第一印象。

茨木のり子さんの詩に触れるのは、恥ずかしながら初めてでしたが、
茨木さんという方は、ご自身に、とても厳しい人でいらっしゃるのかな、と。

 私はヘタレだからなぁ。^^; 自分には甘いし。

こんな詩が座右の銘だなんて・・と、
葉子姐サマのお人柄にも、あらためて感じ入りました。

力強い、素敵な詩を、ありがとうございました。

――――――――――
はにゃサマ。

>”今は”と書いているのが正直であり
>謙虚さでありヘタレな弱さであり…
>まぁなんでもいいよね(笑)

あー。さすが、はにゃサマは鋭い。^^;
 そうそ。まさに私は、ヘタレなのです。

>僕は逆に死ぬ前に一冊くらいは”完成した”本を
>世の中に出したいなー、と思ったり思ったり。
>ま、なんつーか僕の魂はチャプチャプゴクンとした
>絶望の泥沼を沈んだり潜ったり。

ふむ。完成かぁ、完成ねぇ。・・んと・・何を以って完成というのだろう。
 なぁんて。
 また私らしく、重箱の隅をつついたような質問をしてみる。(笑)

とと。
「チャプチャプゴクンとした絶望の泥沼」 この表現。
とてもはにゃサマらしくて「イイっ。」っちゅー感じがします。^^
Posted by sizuku at 2004年09月29日 01:37
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